2009年12月

ゆく年くる年

時間が過ぎるのは本当に速いですね。
あっという間に今年も終わろうとしています。
中南米の続きを書く余裕もないままに(笑)
今年もそれだけ充実した年だったと、自分なりには言えるかなと思います。
応援して下さった皆さんに本当に感謝しています。

キューバの話はまた年明けということにしますが、キューバでのむさ男7人の楽しそうな満面の笑みをご覧下さい。(下の写真です)
この写真が旅のすべてを物語っています。
いろいろなことがありましたが、とても実り多き旅でした。
来年こそは羽ばたかなければなりません(笑)
虎穴に入って虎児を撫で撫でするくらいの勇気を持ちましょね。

さて、年明け前に来年の目標を自分のメモ帳に書いておくことにします。
皆様、本当に来年も良い年にしましょう。

下地勇




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ホテルから眺めるキューバ ハバナの海原です



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中南米の旅 ジャマイカ編

いや~皆様、こんなにも遅くなってしまいました。
年末。せわしいしわすっす。
何かとバタバタしておりました。ごめんなさいね。
お待ちどーさまでしたぁというほど、しかし特に何もありませんけどね(笑)。
あのマイアミでの出来事があって、僕らは無事にジャマイカに到着できたってわけです。

ジャマイカと言えばレゲエ。
ジャマイカと言えば短距離走。
沖縄本島の約5倍の面積に、沖縄県の2倍ほどの人口(約2百80万人)でありながら、世界に唯一の音楽ジャンルを放ち、世界一速い人(ボルト)を生み出した島国。
はは、なんてったって凄い国です。
そんな国を見るのに、期待と憧れの眼差しを持たない人がいるでしょうか。
僕らは胸を膨らませながらキングストン空港に降り立ったのです。
ところが、残念なことに「ジャマイカ街並み編」というタイトルがつけられなかった理由がここにありました。
ジャマイカはここ数年非常に治安が悪く、街を歩くことさえ厳しい状況だというのです。移動は車でなければダメだと、現地スタッフからも口酸っぱく言われました。
これには本当に驚かされました。
そうやって、実際に訪れないと見えてこないその国の実情というもの。貧困の問題が根底に重くのしかかっているのかなぁと、肌で感じさせられた次第です。
ということで、ジャマイカ滞在中は、ほとんどホテルを出ることがありませんでした。ま、実際にはそんなに時間の余裕もなかったんですけどね。引きこもりアミーゴたちを喜ばせてくれたのは、またしてもあのマイアミから本当に来てくれた八重山のお姉さまでした。ジャマイカライブも学校訪問も食事も、僕らと一緒に行動し、その場を盛り上げてくれたのです。

前回載せた写真は、ホテルから眺めるキングストンの景色とジャマイカでのライブの模様です。800名ほどのホールでした。現地のミュージシャンとのコラボもあり、とても有意義な時間を共有することができました。会場も盛りあがって、最後はスタンディングで熱い拍手をいただいたんです。

下の写真はジャマイカの芸術系の女子高を訪問したときの様子です。
ジャマイカの日本大使館が設えて下さった「学校訪問公演」。
純真な少女たちの演奏を聴く姿勢は真剣そのもの。
質問タイムには、我こそはと積極果敢に手を挙げ、質問を浴びせるほどです。
幸人さんの三線とサンデーさんの太鼓にことのほか興味を示し、演奏終了後は行列をなして蛇皮に触れたりして叫び声をあげていました。
あと、ストレートヘアにも興味があるらしく、僕の髪の毛を触らせてほしいと何人かの女の子たちが言ってきました。ところがそのとき僕らのアミーゴの一人が通訳を通して「この人の髪の毛を触るよりもあの人のを触った方が幸せになれるよ」と、幸人さんを指さしました。
すると幸人さんの前には行列ができてしまいまいした。
幸人さんの髪の毛を撫でていた少女たちは本当に幸せそうでした。

ジャマイカ編はここまでにしておきます。
次回キューバ編をお楽しみに。



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中南米の旅 ジャマイカへの移動編

メキシコ公演は、むさ苦しい男7人のテンションをこれでもかというくらいに盛り上げてくれました。はは。
人間は興奮するとひとりでに酸素を要求するものです。
しかし欲しがる呼吸に抵抗するように、入ってくる酸素は超微量。
なにゆえ標高2300メートルなのか?
今一度そんなことが頭をよぎります。
他の街からたとえば徒歩でこの街を訪れる人たちは、登山へと向かう修行僧のように、並々ならぬ苦労を経て酸欠状態で辿り着くのだろうか?
太陽との距離は明らかにこっちの方が近いはずなのに、なぜにこんなにも寒いのか?
などと、いつもの悪い癖で愚にもつかないことを考えながら、一路ジャマイカへとメキシコを後にしたのであります。(前置きが長~い!)

ジャマイカへ行くのがこれまた大がかりでした。
メキシコからアメリカフロリダ州マイアミを経由するのですが、このマイアミの空港ではトランジットができず、一度荷物を全部受け取って、車で1時間ほど同じマイアミ内の別の空港へと移動。(成田から羽田に移動するようなもの)そこで再度チェックインしてジャマイカに向かうというスケジュールでした。移動こそ修行かな。
昨日まではライブの興奮冷めやらなかったアミーゴたちも、さすがに出発前のテンションは、頂上を目前にして下山させられるような雰囲気でした。

この日は朝から移動のためだけの一日だったので、余裕があるかと思われました。しかし、マイアミ空港で予想もしない入国時間超過。空港は次から次へと外国からの飛行機が到着し、イミグレカウンター前は入国審査を待つ人で大混雑。にもかかわらずアメリカの入国審査は超厳戒態勢!。一人ひとりの両手の指紋をとるなどして、かなりの時間を要していたのです。スペイン語に続いて英語がしゃべれないアミーゴたちはもうたじたじで、「ヒダルィテ  オ・ヤ・ユ・ビ」などと、威嚇を含んだような担当役人様の声に怯みながら、備え付けのカメラに左手親指の指紋を向けるのでした。
長蛇の列はちょとずつ猛進で、到着から審査を終えるまでに2時間ほどかかり、さらに荷物受取から税関を通って車に乗せるまでの時間を合わせると、ポーウ!(思わずマイケル雄たけび)。マイヤミーン!(前が見えない)
この時点で時すでに遅しの感。僕らはもうジャマイカ発の飛行機にはほとんど間に合わないというところまできていました。
「今日はマイアミ泊まりだね」
諦めの早いアミーゴが口にすると、
「バスケットでも観に行く?」
ノリのいいアミーゴが応えるような展開。
迷えるひつじ年生まれの幸人兄貴においては、長時間たばこの吸えない環境と疲労とで終始無言。

そんな時奇跡は起きたのです。
「あれ!!幸人じゃない?」
マイアミの空港でひときわ甲高い声で叫ぶお姉さんがいました。
「なんで、なーんでいるの?、あぃ、サンデーまで」
マイアミの空港で偶然にもほどがある八重山出身者との遭遇の瞬間です。
「あれ、なんでお前がここにいる?」
幸人さんもサンデーさんも信じられないといった様子で目が点。ここは石垣空港?と錯覚するほど、マイアミ空港に石垣訛りがこだまし始めました。
聞くと、幸人さんの八重山高校の一つ後輩の方だとか。
マイアミ在住とは思えないほどの石垣訛りで、あたしここでキャビンアテンダントをしているのよと、(信じられないけれど)そのお姉さんは言いました。
「今からジャマイカに行くんだけどよ、隣町の空港まで行くのにもう時間がなさそうなんだ。」
幸人さんがそう言うと、
「じゃあ私に任せて、付いてきて」とお姉さん。
その瞬間から、僕らむさ苦しいアミーゴたちは、流暢な英語で難関を突破しながら進んでいく彼女の強烈な引率に導かれながら、超スピーディーにバスに乗り込むことに成功したのです。
かなりイケイケの性格のそのお姉さんは、バスの運転手にチップをはずんだのかどうかは知りませんが、運転手のそばに立って「急いでちょうだい」みたいにしきりに指示を出しています。
「OKまかしときな!」と、運転手が言ったかどうかはわかりませんが、ハンドルさばきから察するに、まさに状況を一心に受け止めているような空気が伝わってきました。マイアミバイスよろしく、映画のワンシーンでもみるかのように、僕らを乗せたバスはフリーウェイを突っ走り、次から次へと車線変更しながら他の車たちを追い越していきます。
「ジャマイカ行くんだったら、私も付いていこうかねぇ」
バスの中で冗談のような軽さでそのお姉さんは口にしました。
「ウソだろ」
幸人さんが言うと、
「フライトスケジュール変えてもらうから、あたし明日そっちに行くよ」
「じゃあ来たらいいさ、ジャマイカで待ってるよ」
まるで石垣の宮良から白保にでも行くような感覚のその会話は、マイアミのフリーウェイを走るバスの中でのやりとりなのです。頭が破裂しそうです。
信じられない小さな出来事が少しずつ積み重なると、もはや深く物事を考える力が衰えていくようです。誰かが用意した小説のように、ストーリーが終わりを見せずにつながっていく。そんな気がしました。

突然現れたそのお姉さんの、すべてはその方のおかげでと言っていいでしょう。僕らは無事間に合ったのです。
隣町の空港に時間ぎりぎりで到着したかと思うと、眼にも止まらぬ速さでチェックインカウンターに一人先に猛ダッシュで駆け込んだ彼女は、流暢な英語で状況を説明し、スムーズな流れでチェックインが進むように全身全霊で取り計らってくれたのです。
風になびく前髪がマイアミの黄昏に照らされて、お姉さんの顔を美しく輝かせていました。

ジャマイカ・キングストン行きの飛行機に無事に乗り込むことができたむさ男7人は、思いもよらなかった出会いと展開にしばし呆然と思いを馳せ、珍道中とも言える旅の途中に身を置く我れを感じ、移動に立ちはだかる障壁を自ら乗り越えようと奮闘一つしないのに、滞ることを知らない行程に不思議な魅力さえ感じ、「ジャマイカではやらねば」という熱い気持ちが静かに奮い立ってくる衝動を感じないわけにはいきませんでした。


以下はジャマイカの写真です。
移動の時は残念ながらカメラの充電が切れてしまいました。
別のアミーゴが写真に収めている可能性は否定できません(笑)
そうであれば後日載せられたらと思います。へへ。
下の写真の説明も合わせてジャマイカの様子はまた次回に。
長くなりました。

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中南米の旅 メキシコライブ編

根っから陽気で人懐こいメキシコ人たちの人混みと車混みを縫うようにして、公演会場の「ホセ・マルティ劇場」へ。そこは滞在先のホテルから歩いて3分くらいのところにありました。
初日はそこで記者会見をやる予定とのこと。
通訳が付いているとはいうものの、記者会見なんてこれまた大それた話じゃないかぁ?!なーんて思いながら臨んだんですけど、沖縄の伝統芸能や僕らの立ち位置、サキシマミーティング゙のスタイルみたいなものをきちんと伝えることができて、とてもよかったなぁと思いました。
翌日にはその記事が新聞などに掲載されたりして、それを見た地元の人たちが興味を抱いて会場にやって来てくれたというわけなんですね。よく考えてみるとすごいことだなぁーと思いませんか。一度聴いたことのある音楽だとか、そういう友人からの誘いとかなら分かりますが、例えば新聞記事一つの情報だけを目にして、会場に出かけてみようと思い立つメキシコ人の熱さと行動力。
これには脱帽です。
何かしらそういうものを渇望する血が、彼らの中に流れているのでしょうね。


そしてメキシコでのライブです。
これには本当に驚かされました。
会場の空気たるや凄いんですから。
もう熱いのなんのって。
でもその熱い思いは、裏切られたときに一気に冷めるのではないかという空気をも、同時に含んでいるように感じられたものですから...。出演者としては覚悟を決めるしかなかった。
でも重々わかっていても、やはり手足が震えましたね(笑)。
しかし、始まってみると、一曲一曲終えるごとに会場から惜しみない拍手をいただき、見事な一体感が醸成されて行きました。これには本当に僕らの方が感動しました。
公演初日を無事に切り抜ける、いや、成功裏に終わらせるということは、非常に大きな意味を持つのだと、スタッフ全員が胸に秘めた思いを持っていましたからね。国際交流基金メキシコ支部の方たちも、固唾を呑んでライブを見守っているのがわかりました。

公演は、本当にすべての心配をよそにという流れで進んで行きました。
本当に生涯忘れられないライブになりました。
スペイン語をもっと勉強してくればよかったという思いも、ライブが終わるころにはもうなくなっていました(笑)。

グラシアス メヒコ~(メキシコよありがとう!)




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記者会見の模様



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劇場入口



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国際交流基金メキシコ日本文化センターのパメラさん(冒頭の挨拶)



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ライブ終了後もお客さんはなかなか帰ろうとせず話しかけてきます(笑)



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ライブ終わって劇場の外に出ると馬に乗った警察官が颯爽と...

中南米の旅 メキシコ街並み編

皆さんお元気でしたか?
長い間ブログを休んですみませんでした。

いやぁ~、中南米3カ国の旅、本当によかったです。
今振り返ってみても、あれは現実だったのかな?なーんて思ってしまうほど、夢のような2週間でした。
帰ってきたら浦島太郎状態で、年末のせわしない雰囲気に忘年会やらお歳暮やら年賀状やらと、あ~やっぱり日本に帰ってきたんだなぁと、今頃時差ボケとともに実感が押し寄せてきました。

40歳になるまで、こんなに長い期間日本を離れたことなどなかったので、世界の何を知っているのかと言われたら、恥ずかしいのと情けないのとで、空しい言葉を費やす以外になかったはずです。
だからこそ、この度のこの旅。
男くさい7人組のむさ苦しさとは言え、夢見るような気持ちでお互いのことは気にせずに(笑)、全然足りない衣装と、はみ出さんばかりの期待とをスーツケースに詰め込んで出かけたのであります。はは。


最初に訪れた国はメキシコ。
成田からカナダのバンクーバーを経由して約15時間半。こんなに長い飛行機の旅も生まれて初めてでした。
(空港から見ただけでしたけど、バンクーバーの景色の美しかったこと)

メキシコは灼熱の国で、砂漠や荒野にサボテンがあって、テキーラ飲みながら「ベサメムーチョ」が流れているというような、本当に浅い以外何ものでもない予備知識のみでたどり着いたのです。汗が滴り落ちたら、橋幸夫の『恋のメキシカンロック』でも口ずさもうかとさえ思っていました。
メキシコシティ到着第一声は「寒いじゃないか~」
標高約2300メートルにある都市メキシコシティ。
日中は摂氏25度くらいはあるのですが、朝晩は一ケタ台まで気温が下がるのです。
酸素が薄く、酒に弱い僕はビール2杯くらいでクラ~っと酔いが回る感じでした。夜中も何度か目が覚めたりして、空気の薄さと時差ボケのせいなのかなぁと思ってましたが、テキーラをショットグラスでガンガン呑んで、翌日もバリバリ元気な幸人兄貴たちを見ると、これはみんなに当てはめちゃいかんなと思った次第です。人それぞれ体質なんでしょうね。

メキシコの人口は日本より若干少なめの1億7百万人くらいだそうです。そのうちの2千万人ほど(東京より多い人口)がメキシコシティに集中し、なおかつ車社会なので、排気ガスが充満している感じでした。本当に車が多いのです。
人口の約9割がカトリックで、街の至る所に教会が情緒をなしてたたずんでいます。スペイン占領下時代の名残をあちらこちらで垣間見ることができ、歴史の重さを感じさせる街でした。
人々は明るくてやっぱり熱い感じです。
街は活気に溢れていました。





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バンクーバー空港から見た景色



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ホテルの部屋から眺める景色




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これもホテルから



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メキシコ料理は辛くてうまい!中でもハバネロは激辛です。


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